1997.10  ARTICLE
MdN 1997年11月号インタビュー グラフィックデザイナー杉崎真之助

グラフィックデザイナー杉崎真之助
MdN 1997年11月号 記事

8月〜9月にかけて東京・銀座「クリエイションギャラリーGB」で開催された「PIXELSCAPE(ピクセルスケープ)」では、どんな作品を中心に展示されたんですか。

大きく分けて、文字を主体としたタイポ系のグラフィックデザインと、あえて粗いピクセルを使った画像系の作品が中心です。1990年くらいから本格的にMacintoshを使って作品をつくってきたのですが、それと同時に日本のグラフィックデザインの価値観に沿う形でデザインをしてきた時期なので、その集大成的な意味合いも兼ねた個展です。

「日本のグラフィックデザインの価値観」というと?

かつて、50年代から70年にかけて日本のグラフィックデザイン界をリードしてきたという団体があって、今「先生」と呼ばれるような人は、皆そこに所属していたんです。その延長線上に、今のADCとかJAGDAがあるんですが、日本のグラフィックデザインには明治以降現在まで100年の間にひとつの大きな流れのようなものがあったと思います。年齢的に僕くらい、またはもう少し下の人たちあたりが、当時からの価値観のながれを受け継いだ最後の世代かな、とも思うんです。そういったグラフィックデザイン界の価値観をあえて一つのモノサシにして、どこまでできるか試してみたくて、積極的にポスターをつくったりもしました。今回の個展でポスターをチョイスしたら結局は90年以降のものばかりになりましたね。

これまでのご自身の作品を眺めてみて、どのような印象を受けましたか。

こうやってたくさん並べて見ると、自分のスタイルって、結構オジサンだなと(笑)。

たとえば、どういったところが?

デジタルを使ってはいるけど、表現のイディオムとしては、特別新しくはないですから。本当は、いわゆるストリート系のデザインもおもしろいと思うし、ヨーロッパのデジタルタイポグラフィにも、すごく興味があるんです。ただ、そのスタイルを真似するのは簡単だけど、自分の作品として発表するにはちょっと抵抗があるんです。どちらかといえば、わりとベーシックなものを指向しているのかなとも思います。  

最近では、写植を知らないMacintosh世代のデザイナーが増えてきていますが、その世代に対して感じることはありますか?

彼らがテクニックに関心を注ぐことを悪いことのようにいわれたりしていまが、僕はそうは思わない。技巧を学ぶことは大切で、その欲求はあってしかるべきものですから。問題があるとすれば、コンピュータ上ではいろいろなことが簡単に、しかもスピーディにできてしまうから、技術を追いかけることだけに集中しすぎて、作業をしながら同時にデザインに対する考え方とか構造のようなものを自分のものにしていく時間を見失ってしまうことでしょう。

それは、基本を押さえたデザインが大切ということですか。

もちろんそれも大切ですが、新しい表現を目指そうとしたとき、基礎的なことを知っておいた方がいいということでもあります。たとえば、DTPという言葉が出始めたばかりのころ、ロンドンのファッション系の雑誌『IDマガジン』なんかは、3段組み、4段組みといった文字組やグリッドでフォーマットをまず作るのだけれど、今度はそれをいかに崩してレイアウトしてゆくか、という方法論で新しい表現を生み出しました。何かベースがあって、それを壊してゆくからおもしろい。単に表面的なスタイルを追いかけるんじゃなくて、デザインの背景を知っていた方が、それに対して新しいものを導き出せるということです。それを知らずにやっちゃうから、混乱が起こっているのは確かかもしれませんね。ただ、誰かに教えてもらうのではなく、それは自分で消化していくものでもある。たとえば古い雑誌や本を眺めて、そこにあるデザインの定番みたいなものをを見つけていくといった作業などは、逆に意外な発見もあって、楽しいと思いますよ。

30歳で独立して事務所を構えたそうですが、それまではどんなお仕事を?

僕が大阪の大学を卒業した1974年当時は、ヒッピームーブメントと<いった>カウンターカルチャーがまだ残っていたころで、就職ということもあまり深くは考えず、20代前半はデザイン事務所を転々としていました。エディトリアルや広告など、グラフィックデザインと呼ばれるものはひと通りやりましたね。そのころはまだ、ポスターカラーや筆洗、パレットに布巾、溝差しなんかが机の上にあった。烏口もあったけど、僕は研ぎ方を知らなかったからロットリング世代でした。でも、僕はわりと鈍くさい方で、ロットリングで正方形を描くのにも苦労していました(笑)。その作業自体は好きなんだけど、時間がかかることに対して面倒くさいといった気持ちがあって。だから、僕はにとってMacintoshは「スーパーロットリング」なんです(笑)。

グラフィックデザイナーを目指し始めたのはいつごろからでしょうか。

幼稚園のころから僕はいわゆる「印刷フェチ」で、子供雑誌で折り紙を習いながら、その説明図のCMYのスクリーンを眺めて「きれいやなー」と思ったり(笑)。当時は漫画も版ズレしたものが多かったから、微妙に版ズレしている、その色合いがきれいとか感じていましたね。もちろん、グラフィックデザインが何かも知らないころですが、何となくそういったものに興味関心があったんでしょう。だから、モニタで写真や映像を見るのも好きなんですが、コンピュータを使っているとはいえ、最終的に自分は紙に戻るのかなと思います。

今回の個展を終えて、次に考えている新しい展開などがあればお聞かせください。

個人的な作品は、今後も展覧会などで発表していきたいと思っています。また、印刷ベースの仕事にこだわりながら、実はデジタル技術によるネットワーク環境こそグラフィックデザインの理想的な環境だと感じていたのですが、Webページデザインにも取り組み始めました。あとひとつ、グラフィックデザイナーとして、もう一度社会に出ていく必要があるのではとも考えています。たとえば広告はグラフィクデザインからは離れてしまっていて、このタレントを使って、キャッチコピーはこんなものを入れましょうといった、誰がデザインしても同じになるようなものが大半を占めています。もちろん、広告は時代や社会の価値観を背負っているから、同じでなくてはいけない側面もあって、新しい表現が現れてこないのもしかたがないのでしょう。でも、デザインには時代を変えていく力がないとだめかなと思います。そういった意味で、ここ何年かは、意識して個人的な表現活動にパワーを傾けていたので、今後もう一度時代や社会にメッセージするというデザイン本来の目的の部分に興味の間口を広げて仕事をしていきたいですね。デザイナーというのは、発注されたものに対して、どれだけ提案できてなんぼの世界です。だから、これからはなるべく仕事を発注されやすい人になろうかなと思っています(笑)。