1999.10  ESSAY
角川書店 デザインの視点と発想 コンピュータで作る現代のヒエログリフ

コンピュータで作る現代のヒエログリフ
角川書店発行「デザインの視点と発想」
コンピュータの中で生き返る組版活版術

グラフィックデザインの中でもっとも重要な要素が文字であろう。鉛による活字の時代、印画紙による写植の時代、そしてデジタルタイプの時代になり、革新的に表現の幅が広がった。コピーアンドペースト、変形、拡大、繰返しなどの表現がリアルタイムでいともたやすく生成されてしまう環境が急に出現したのだ。 文字は書体の形、大きさとともに組まれた時の字間、行間によって大きく表情が変わる。今までの組版の方法には技術的な制約の上に成り立った方法論がベースにあった。それがなくなり、文字に自由な実験の場が与えられたのである。 漢字は表意文字である。ひとつひとつの文字の中に歴史が込められている。その漢字を重ねてみる。すると歴史を背負った漢字の形態のみが立ち現れてくる。既成概念が覆り、未知の文字と出会ったような驚きを感じる。これは楽しい。「あいうえお」という平仮名の字間を狭めていく、重ねていく。すると音の集合体、表音文字が音の情報から離れて造形のテクスチャーが現れてくる。これも面白い。

デジタルデータとグラフィックデザインの関係

グラフィックデザインは言い換えるとコミュニケーションのためのデザインである。文字や絵、図といった視覚情報そのものがデザインの要素である。建築やプロダクトデザインは鉄やガラス、あるいはプラスチックといった物質を通して表現されていく。しかしグラフィックデザインにおいては、紙はデザインの要素を載せる媒体であって、紙そのものはデザインの直接的な要素ではない。もちろん手触りも大事な要素ではあるが、元を正せばそれは粘土でも石でも竹でもよかった。情報の乗り物として仕方なく紙などの物質を利用しなければならなかったと考えてみよう。 かつてデザインの現場において、5センチ四方の正方形を正確に書くためには職人的な技術が必要であった。0.1ミリのラインを正確に書ける技術をデザイナーは競ったものである。また文字はデザイナーが直接打ち込むものではなく、専門家に仕上がりを指定して依頼するものであった。つまり組版の現場は、デザイナーの側にはなかったのだ。 手作業で紙を切ったり線を引いたりという物理的な制約のもとで、ある時期から私は発想のスピードに作業のスピードがついていかないことに、もどかしさを感じていた。しかし世界中の多くの同時代のデザイナーがそうであったように、Macintoshの画面を初めて見たとき、私はコンピュータがそれを開放してくれると直感したのである。

物質から解き放たれたデザイン グラフィックデザインは、文字や線などの要素をいかに統合していくかということが重要な部分である。視覚情報そのものを扱うにもかかわらず、物質を媒介にした間接的手法で制作し伝達するという回りくどい方法を何百年も続けてきたのだ。コンピュータによるデザイン環境が、それを根本的に変えた。グラフィックデザインが初めて物質性から自立して、視覚的エレメントそのものをデジタルデータとして直接操作する本来の方法を持ちえたとも言える。 デジタルデータにおいては正方形のエッジはどこまで拡大しても同じであり、コピー、拡大、縮小という行為のなかでいささかの劣化もない。デザインの要素がそのままデジタルデータとなるからだ。今まで紙にインクで固定されていたデザインの情報そのものが、ハードドライブのデータとして存在するということは、それらが自由に流通、再生、変化していけるということである。何千年も物質に頼っていた視覚情報伝達術の革命的変化。デジタルデザインの本質はそこにある。

文字を織る 文字を編む

文字の繰り返し、サイズの拡大縮小、字間・行間変化。重ねる、裏返す、変形する。すると漢字の意味性、かなの表音性が、新たなカタチとなって現れる。コンピュータは私とともにリアルタイムに文字を生成していく。スタディ、試作、シミュレーションすべてが無限であり、自由である。 こうしたいわば遊びのなかから生まれてきた試作が実際に活かされた一つの例が、モリサワフォントカタログの仕事である。ベーシックな組版を大切にする理念とデジタルフォントの先進性のふたつのメッセージをこのカタログに求めたのである。いたずらにデジタルっぽい表現を拡大するのではなく、基本をおさえた簡潔な構造を持ち、さらに、ぎりぎりまで未来性を訴求していく組版のサンプルを作るということをめざしてみた。■重ねることで見えないカタチが見えてくる つぎに視点を文字から画像に移そう。デジタル上では画像は細かなピクセル(画素)に分解され、そのひとつひとつが数字のデータとして記述される。感光材や絵の具によってではなく、0か1のビットとして存在する。デジタル技術によって、画像もまた文字と同様に物質の呪縛から解き放たれて自由である。 ピクセルをどんどん拡大していくと、それは四角いユニットの集まりである。印刷のスクリーン(網点)が美しいように、このピクセルのテクスチャーも美しいと私は考える。高解像度を競うのではなく、低解像度の画像とそれを定着する紙の質感を楽しんでみるのだ。 以前からポジフィルムを重ね合わせる手法に興味があった。とくに花と花あるいは顔と顔というように同じモチーフを左右上下シンメトリーに重ねて見ると、元の形態の奥にあるもう一つの形態が立ち現れてくるようで大変楽しい。人体を左右にシンメトリーに分解する。今度は部分を再度上下に展開して構成してみる。するとシンメトリーな像のなかに生命の形態の原形のようなフォルムが現れてくる。そんなことを繰り返しているうちに Invisible Shape という作品群になっていった。

偶然からの発見

日常のデザインの仕事は、条件枠組をしっかり設定したうえで具体的な表現に移るのだが、そういった方法論からまったく離れて、コンピュータ上で自由にイメージを膨らませていくこともデザインの醍醐味である。こういった意味性、論理から離れた行為のなかに、新しい表現の糸口が沢山ある。仕事に反映することをあまり意識せず、しかし深入りしない程度に楽しむことを意識している。Illustratorのブレンド機能とグラデーションを組み合わせた遊びのなかからPixelscape展のポスターが生まれていった。 デジタルデータとしての作品は画面上では72dpiの画像である。拡大しても、縮小してもリアルな空間との関係性は生じない。それがモニターというインターフェースの限界であろう。それに対してプリントされた作品はそれ自体、リアルなサイズを持つ。空間に対してある大きさをもって存在する。そこがデジタルデータを印刷という手法で紙の上に再現することの面白さであり、難しさである。しかしハードディスクにデータとして存在する画像や文字を紙の上にインクによって展開する過程が、私にとってデザインを皮膚感覚として実感する大切な体験なのだ。

図版 page 1
文字を重ねる 1995
熟語を重ねることで元の意味をカタチに封じ込め、漢字の持っている歴史性が呪術的な表情を蘇らせる。

文字を重ねる 1995
文字の字間、行間を変化させることで文字の音、意味を越えた新しいカタチが見えてくる。

図版 page 2
MORISAWA FONT のポスター 1998
カタログのモチーフを元に写真とタイポグラフィを再構成した。都市の風景と文字の風景が重力を失って交差する未来感覚。



MORISAWA FONT のカタログ 1997、1998
デジタルフォントのカタログ。安易なエフェクトでデジタルを表現するのではなく、文字組の基本をおさえながら未来の組版を追及してみた。

図版 page 3
文字の都市展のためのポスター 1996
いろは48文字の単純な構造の文字列があたかも電子空間のなかの森林のように成長していく。



90<<<98展ポスター 1998 文字群の構成を一度フォトコピーで物質のテクスチャーを与え、写 真製版の手法で紙に定着してみた。

図版 page 4
京都1000年物語 ポスター 1994
1000年前の平安京をモチーフとしたCD-ROM。
そのコンテンツから文字要素をすべて抜き出し再構成した。平安京を英語と日本語の文字組がレイアーされた情報の電子都市空間に見立てた。



京都1000年物語 パッケージ 1994

図版 page 5
Invisible Shape 展 ポスター 1995
一枚のポジフィルムがデジタルデータに変換され、そこから新しいイメージが生成される。しかしエフェクトに頼らないで、あくまで素材を生かす。構造を作ることと紙にいかに定着させるかが重要。

図版 page 6
Pixelscape 展 ポスター 1997
ブレンド処理とグラデーション処理をしたベクトルデータをラスターイメージのやや低解像度の画像に変換。このピクセルの美しさをいかに製版データに変換、インクで紙に定着させるか。実はここからの道のりが結構長い。

■杉崎真之助の方法

図版 A
コンピュータが沢山並んでいる風景はオフィスもスタジオも変わらない。



図版 B
インターネットの時代になっても資料が重要。20年のスタジオの歴史がここにある。 アイデアがたまったら本の形態にまとめる。紙は古くなるから発想の時代がわかる。紙や本という形式は視覚情報へのランダムアクセス性で捨てがたいものがある。


図版 C
最終目的が紙の場合、原寸大での確認を重要であると考える。データとしてはコンピュータの中で完結するが製版、印刷スタッフとのコラボレーションが重要。


図版 D

製版のスタッフへのコミュニケーションのための指定紙。紙媒体におけるノウハウの蓄積は今後も生かされる。 画面の中で精神が完結しないためにも制作環境は大事な要素であると考える。


図版 E スケッチでコンセプトを固める。言葉でも考える。


図版 F とにかくバリエーションを無数に作る。デジタル時代の手法。ただしコンセプトから逸脱しないように。



角川書店 京都造形大学編 情報デザインシリーズ3「デザインの視点と発想」