2000.09  ESSAY
TypographicsT 2000年213号 二千年の二千円札

二千年の二千円札
TypographicsT 2000年213号
文/杉崎真之助

二千円札が7月19日に発行される。
1984年に同時改札された千円札、五千円札、一万円札を改めて眺めてみる。見慣れてしまったせいもあろうが、それぞれが個性を持ちつつも全体としての統一されたトーンがあると思う。
新しい二千円札はどうだろう。新鮮なイメージが感じられない。むしろ旧紙幣や百円札の時代に逆戻りしたようだ。時代へのメッセージ性や未来に対するポジティブな視点がみえてこない。
今回のお札は偽造防止のために潜像模様や光学的インキなどの最新技術が導入されているという。しかし技術があり、機能があればそれでよしとする価値観が、現代のパブリックデザインの多くを不毛なものにしてはいないか。地方公共団体のホームページや行政の発行するパンフレット、開発事業のネーミングなどをみるにつけ、そう思う。
コミュニケーションの重要な要素である「ルック」というものに価値を見いださない風土。そこには専門家の視点を省みないシロウトの世界が広がっている。これが二千円札に象徴されてしまったわけだ。今回のお札の図版製作技術はすばらしいものだろうが、それ以前のデザインが問題なのである。
2000という単位のお札を新たに設定する必然性がない。必然性のないものがステレオタイプな意匠をまとい市場にあふれる。無個性であるがゆえの記号性を最初から持っているため、市民がそれを受け入れてしまう。
お札を作るノウハウは独占的な技術として工芸官によって継続されてきた。新札作りが技術の向上にとって大変有効であったという関係者の記事をどこかで読んだ記憶がある。しかしコンピュータ技術の進歩によって、偽造防止を版の緻密さに依存する必要がなくなったいま、もはやデザインと製版技術は切り離していいのではないか。
世界のデザイナーがコンセプトやデザインを競う。コンピュータを駆使した製版を経て、それこそ国家機密の最新技術で印刷すればよい。一見お札らしくないお札を市民が手にすることによって、新しい価値観や視点が生まれ、活気が高まる。CNNやBBCでお札のデザインと日本という国のメッセージが世界に広がる。デザインの力である。
二千円で2000年を飾るならもっと未来を見つめたお札と付き合いたい。

写真説明
去年5月に大阪の江戸堀にオープンしたギャラリースペース・クリームルームは、新しい作家を対象に多彩 な展覧会を開催している。昨年12月、2000年に導入される二千円をテーマに、参加者一人ひとりが自由に二千円札をデザインする「¥2000×2000 年展」を開催した。多彩 な切口のデザインが展示された。それはそれで面白かった。ただ参加デザイナーにとってお札のデザインそのものへの問題提起をするといった視点がないのが残念だった。