2002.09  ESSAY
番画廊 エレメンチズム展 杉崎真之助の表現

文/菅谷富夫 大阪市立近代美術館建設準備室学芸員

1980年代以降、日本のグラフィックデザインが根底からその発想方法の転換を迫られ たことは誰でもが知っている通りである。それはいうまでもなくコンピュータの登場 であり、それに伴うデジタルな処理の普及である。杉崎真之助もその時代を生きその 中で制作してきたわけだが、彼の作品は不思議にデジタルの臭みを感じさせることが ない。しかしデジタルであることには違いないし、むしろデジタルらしいともいえる 表現である。いやむしろ露骨なまでにデジタルである。ただデジタルな手法でアナロ グの表現をなぞるようなごまかしを彼はしないということである。平面にイリュージ ョンを持ち込むこと無く、デジタル固有の平面的リアリティーを現出させている。ハ リウッド映画のようにデジタル処理によって見る者に疑似体験をさせようと努めるの ではなく、この機械のつくりだす表現の「おもしろさ」をかたちに定着させようとし ているのである。著名な先輩デザイナーと同じ道を辿ることが不可能である以上、そ れは当然の帰結であったかもしれない。ただ時として大衆は機械技術のごまかしと言 う砂糖菓子のようなデザインを欲しがる時がある。その時、その対極にある杉崎の表 現は一時的に人気をなくすかもしれない。しかし重要なことは、彼が一貫してデジタ ルという未知の方法論を使い、グラフィックデザインのなかでそれに相応しいかたち をつくりだしていることである。その先鋭的な姿勢を傍から見る時、彼の存在はデザ イン界の左派として位置づけられるように思う。