2006.09  ESSAY
大阪人11月号「大阪弁のグローバルデザイン」

大阪人 11月号
文 杉崎真之助

先日あるパーティの席で、なぜ東京ではなく大阪で仕事をしているのですか、と聞かれました。同じような質問をされることがたまにあります。聞くのはどういうわけか大阪の人です。デザインは経済や情報と結びついた現実的な仕事なので、いわば都市型のビジネスです。だったら大阪がいいじゃないですか、と心の中で答えます。

もちろん大阪でいいのです。しかし、デザインをしていく上で大阪や関西といった地域性を表現に出そうと考えたことはありません。逆に、できるだけ個性やローカルなバイアスをかけないように心がけています。安易に大阪弁でコピーを書くとかは大きらいです。なぜなら、デザインで伝える相手は日本語がわかる人全員なのですから。

アイデアを考える会議やプレゼンテーションで説明をするときにも、標準語を使います。デザインはある種の計算であり、設計ですから、理屈と文脈が大切です。当然使うのは論理的に磨かれてきた歴史をもつ標準語になります。
 
では、頭の中でコンセプトを考えている時はどうなのでしょう。与えられた条件や情報を読み込んだり、方向性を検討するのはやはり標準語です。
 
ところが、デザインの答えを導き出すのは理屈や言葉ではなく、いわば言葉にできない直感や霊感です。なぜかというと、言葉や論理を意識して標準語でやっていると、私の頭の中でスピードが追いつきません。「こういう理由でこの形態が適切であります」では、新鮮でクリアなアイデアがどこかに消えてしまうのです。

頭の中のヒミツをひとつばらすと、こうです。非言語の直感や霊感と日常的な言語をつないでくれているのが、実は大阪弁なのです。アイデアに対して「これでええやん」「ちゃうちゃう」「なんでやねん」などと大阪弁の突っ込みが入っているようです。右脳と左脳の漫才でしょうか。

私は人口3万人あまりの山に囲まれた盆地、奈良県五條市で生まれました。小さい頃、よく大阪に遊びに連れていってもらいました。田舎から一時間半かけて、天王寺駅や高(ハシゴ高)島屋のある難波駅に着くのです。ホームを出ると子供の敏感な鼻で車の排気ガスの匂いを胸いっぱいに吸いました。それは都会の匂いでした。トロリーバス、アドバルーン、デパートの食堂のプリン。大都会、つまり私にとっては大阪への憧れがその頃しっかりと形づくられたのです。

大学では大阪から滋賀、京都、神戸、広島あたりまでの学生が多かったこともあり、ミックスされた「関西系なまり」が自分の中で定着しました。ことさら大阪弁を使えるようになろうとは思いませんが、関西アクセント系日本語が私にとってはしっくりきます。
私は大阪で仕事をしているというよりも、大阪弁で仕事をしているのです。