2009.07  ESSAY
3500年前の活字

1字一生 中國字體設計人 廖潔連=著 MCCMクリエーションズ
前文寄稿 杉崎真之助

優れたグラフィックデザイナーは、物事の表面だけを見るのでありません。すばらしい解像度で、その奥に潜む本質を透視してしまいます。対象を細かく見分け、全体を俯瞰し、奥深く分析します。エスター・リウもその一人です。彼女が文字のデザイン表現に取り組むと、精密でありながら大胆な独特の作品ができあがります。文字組が哲学的に再構築された作品は、私に強い印象を与えました。さらにその情熱が活字の研究に向かう時、彼女は歴史の糸を解きほぐし、新しい視点で私たちに真実を提示してくれるのです。

人はなぜ文字に惹かれるのでしょうか。漢字は意味のタイムカプセルです。ひとつひとつの字には、文字を用いて意味を伝えてきたひとりひとりの書き手の痕跡と歴史が積み重ねられています。文字は墨に浸した筆によって紙に記されました。書かれた文字は、形をそのままなぞって石に刻まれました。そして刻まれた文字は、石に塗った墨で再び紙に写し取られ、人々に広がっていきました。この手法が後に印刷術に発達します。そこで使われる活字の書体には、人から人へと受け継がれてきた心が、遥かな時間を超えて生き生きと記録されているのです。

日本語では、表意文字の漢字と表音文字の仮名を組み合わせて使います。仮名は9世紀ごろに漢字から誕生しました。漢字で日本語の音を表すという使われ方の中で、しだいにその字体を崩しながら簡略化されていったのです。日本語の文章は、いわば意味を伝える漢字の列に、音を表現する仮名というアルファベットのようなものがところどころに組み込まれているのです。そのため日本では、漢字と仮名を違う体系の文字で組む方法が好まれます。漢字と仮名が区別できるほうが読みやすいからです。たとえば漢字はウロコのある明宋、仮名は筆の特徴を残した楷体で構成した書体が、ひとつの明朝体の扱いで広く使われています。漢字と仮名の画数の対比が、文章に独特の濃淡を与えます。

すでに欧文と西洋に対する憧れは、人々の心から消えました。20世紀後半の日本では、漢字と仮名の濃淡を避け、漢字の画数の違いを設計で吸収して、欧文のように均一な文字組をめざす書体の開発が多く試みられました。しかし現在ではそうした考えはなくなり、逆に漢字と仮名の違いによる表現の豊かさを楽しむようになりました。同様に文字の簡略化に関する議論も終わりました。圧倒的な漢字の文字数は、コンピュータの出現によって非合理的な壁ではなくなったのです。かつて鉛活字は、漢字ひと文字ずつの自由な組版を可能にしました。そしてデジタル活字は、文字を重さと物質性から解き放ちました。本当の動く活字(Movable Type)になったのです。


1字一生